サン=テグジュペリ 『星の王子さま』(内藤濯訳)

 十数種類の翻訳が出版されているという 『星の王子さま』 を3種類続けて読んだので、簡単に比較してみることにする。なお、僕はフランス語を解さないので、どの訳が正しいかは問わないことにする。

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

 僕の手元にあるのは、1962年刊、1972年改版、1995年第60刷と書かれた函入りハードカバーである。(2000年に出版された 「オリジナル版」 とは絵が違うらしい。)この本は子供の頃に何度も読んだのを、僕が大人になってから息子のプレゼント用に購入したものだ。(息子はちっとも喜ばなかった。)
 今、この内藤訳を読むひとは、訳語が古めかしく感じられると思うのだが、僕の少年時代だって十分古臭く感じたのである。でも、《ウワバミ》、《点燈夫》、《転轍手(スイッチ・マン)》、《あきんど》 といった古語・死語が説明なしに出てきても、この訳はちゃんと意味がわかるようになっている。子供にとってちょっと難しくて非日常的なこれらの単語は実に魅力的だったのだ。ちょっと難しいという意味では、《地理学者》 だって同様なのである。
 今回読みなおして気づいたのは、語り手の 《ぼく》 の感情の動きと、王子さまのバラに対する恋愛(に近い)感情が、非常に遠まわしに表現されている点である。特に、王子さまがなぜ自分の星を去って旅に出たのか、最後のほうで王子さまがどうして倒れたのか、この訳からははっきり読みとることができない。原文に書かれていることを訳者が省略したのか、それとも原文が元々あいまいなのかよくわからないのだが、よくわからない結末、多様な解釈の余地のあるストーリーこそが、この作品の魅力になっているのだと思う。
 だが、こういった感想は2005年以降の新訳ラッシュによって、大きく変わっていく。


 (つづく)