スタン・ゲッツ・アット・ザ・シュライン

スタン・ゲッツ・アット・ザ・シュライン

スタン・ゲッツ・アット・ザ・シュライン

 テナー・サックス奏者スタン・ゲッツが1954年11月8日、ロス・アンジェルスのシュライン・オーディトリアムで演奏したライヴ盤。
 スタン・ゲッツという人は生涯ヘロイン中毒と戦ったミュージシャンで、54年には刑務所で半年暮している。つまり、ムショ帰りのコンサートである。シュライン・オーディトリアムという会場がどんな場所なのかわからないのだが、拍手の音の感じでは相当大きなコンサート・ホールのようだ。(村上春樹意味がなければスイングはない』 によると、当日の聴衆は七千人だったそうである。)
 50〜60年代頃のジャズ・コンサートの観客は、現代の感覚からは考えられないほど大人しいものだった。掛け声や口笛など論外だし、立ち上がったり踊りだしたりする者などいなかったのである。この時のゲッツ・クインテットのメンバーは全員白人だが、観客も全部白人だったに違いない。
 で、この観客の拍手がとても暖かいのである。ゲッツが曲の合間にアナウンスしているところがあるのだが、客が何か叫んでいるようだ(音声は聞き取れないのだが)。それに対して、ゲッツは "What?" とか "OK, dad." とか応答している。このようなステージと客席とのコミュニケーションは当時のライヴ盤としては珍しく、この暖かな雰囲気が本作の魅力の3割くらいを占めているといって良いだろう。
 肝心の演奏内容だが、ゲッツはコンディションも最高でノリノリである。また、共演のヴァルブ・トロンボーン奏者ボブ・ブルックマイヤーがゲッツに寄り添うように吹くと同時に、バンド全体をしっかりと支えている。
 本アルバム収録の10曲中、最後の2曲は上のコンサートの翌日に、ほぼ同じメンバーでスタジオ録音されたものだが、これが実につまらない。ジャズは演奏者のみによって成り立つのではなく、聴衆や会場の雰囲気によって作られるものなんだなあ、ということが非常によくわかるアルバムなのである。