谷崎潤一郎 『白晝鬼語』

 今夜殺人事件が起こるから一緒に見に行こう ―― 《私》 に電話をかけてきた園村は、いきなりそんなことを言う。

「君、君、電話口でそんな大きな声を出しては困るよ。………誰が誰を殺すのだかは、僕にも分かって居ない。精しい事は電話で話す訳には行かないが、僕は或る理由に依って、今夜或る所で或る人間が或る人間の命を断とうとして居る事だけを、嗅ぎつけたのだ。勿論その犯罪は、僕に何等の関係もあるのではないから、僕は其れを豫防する責任も、摘発する義務もない。たゞ出来るならば犯罪の当事者に内證で、こっそりと其の光景を見物したいと思うのだ。君が一緒に行ってくれゝば僕もいくらか心強いし、君にしたって小説を書くよりは面白いじゃないか。」

 探偵小説というのはたいがい犯人を推理したり、トリックを暴いたり、犯行の動機をつきとめたりすることに読者の興味を持っていくわけだが、『白晝鬼語』(大正7年発表)の場合、興味の対象はあくまでも犯行場面そのもの、そして探偵の側の動機である。探偵といっても素人探偵だから動機は単純、野次馬なのだ。
 「その犯罪は、僕に何等の関係もあるのではないから、僕は其れを豫防する責任も、摘発する義務もない。」というセリフは主人公の発言にしてはあまりにも無責任だが、野次馬とは所詮そんなものだろう。もちろん、野次馬的興味を持っているのは、小説の読者も同様である。
 では野次馬的興味を極限まで突き詰めて行ったらどうなるのか。案の定、ミイラとりがミイラになったりするのだが、そのあとさらに! そして!……というのが、本作の面白さなのであった。


谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫)

谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫)

 集英社文庫版は新字・新かな表記のため、『白昼鬼語』 というタイトルになっている。


 中公文庫版は旧字表記で、『白晝鬼語』 になっています。