水村美苗 『本格小説』
もったいぶったタイトルにどん引きしてしまい、長いこと手に取らなかったのだが、『本格小説』 (2002年発表)は非常に面白い小説だった。
新潮社インタビュー - 水村美苗 『嵐が丘』の奇跡をもう一度
上記インタビューで作者本人が述べているとおり、本作はエミリー・ブロンテの名作 『嵐が丘』 を下敷きにしている。身分違いの恋、金持ちになって帰って来た男との姦通、女中による語りなど、小説の構造は 『嵐が丘』 そのままである。(瑣末だが、前半に女の子の幽霊が登場するところまで、そっくりなのだ。)
『嵐が丘』 くらい読んでおきなさいよね。と作者が仄めかしているかのようである。また、谷崎潤一郎の 『細雪』 を想起させるところも多分にある。
本作に描かれる恋愛は、きわめて論理的に展開する。恋愛というのは理屈では割り切れないものだ、という部分も含めて、そのぶっ飛び具合までが論理的に構築されている。もちろん、その論理は保守的な 《階級社会》 の論理であって、登場人物が現れた途端に、どの階級に属しているのか、どういうポジションの人物なのかが、残酷なまでに明らかにされてしまうのである。
にもかかわらず、美人三姉妹から意地悪な継母まで、すべての登場人物が生き生きと描かれていて、不思議に心地よい読後感を得ることができる。それは本作に登場する複数の語り手に対する、作者の暖かな眼差しによるものといえよう。
余談だが、四半世紀前まで僕の祖父母の別荘が軽井沢にあった。
本作を読むと、昭和の、夏の軽井沢を思い出すのである。
- 作者: 水村美苗
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