ジェネシス/月影の騎士


 バンドのメンバーは曲作りの間中いらいらし、成果についても各自複雑な心境だった。すでに彼らはライターとしてばらばらになりつつあった。トニー・バンクスは「ファースト・オブ・フィフス*1」で詞とともに全曲を自分ひとりで完成した。過去の作品に比べて技術的にも秀れ、ミュージシャンとしてもはるかに腕があがっていたにもかかわらず、このアルバムは「フォックストロット」ほど自分たちの精神を伝えていないとそれぞれが感じていた。――


 スペンサー・ブライト『ピーター・ガブリエル(正伝)』(音楽之友社

  • 前作までは、作曲者名はすべて「ジェネシス」(全員の共作)名義だったが、本作では作曲者名がクレジットされていない(もしかしたらクレジットされているヴァージョンがあるかもしれないが)。にもかかわらず、どの曲を誰が作ったのかわかるようになっているのは、メンバー一人ひとりの個性が発揮されるようになってきたこと、また、演奏の中に各メンバーの活躍の場がはっきりと与えられていることによるのだろう。制作中のメンバーにとってはつらかったのだろうが、結果的に「個性の発揮」はバンドにとって大きなプラスとなったのである。
  • ピーター・ガブリエルのクセのある歌い方は控えめになり、観客が一緒に口ずさめるようなわかりやすいリフレイン(サビ)が増えた。ヘタウマだったスティーヴ・ハケットは泣かせるソロを聴かせるようになった。トニー・バンクスシンセサイザーを導入し、バンドのサウンドを一新した。
  • 上の動画はトニー・バンクス作の "Firth Of Fifth"。変拍子のピアノ・イントロから始まるドラマティックな名曲である。後半のギター・ソロも印象的。
  • 「アルバムの最後の曲に冒頭の曲などの一部を引用する」手法が本作から始まっている。アルバム全体をまとめる印象をもたらしていて効果的だと思う。(この手法は1980年の『デューク』まで続く。)
  • 本作は英国のアルバム・チャートで9位。初のトップ10ヒットとなった(プログレはマニア向けと思われがちだが、そんなことはないのである。ただし日本でのヒットはまだ先)。以降、英国では1997年解散までの全てのアルバムが10位以内に入る。
  • 全体にくすんだ感じの音質だったアルバムだが、2008年リマスター盤ではクリアになった。旧盤を持っているひとは買い換え必須。


*1:原文ママ。正確には「ファース・オブ・フィフス(Firth Of Fifth)」である。