クレーメル/ブラームス 『ヴァイオリン協奏曲』&『二重協奏曲』

オイストラフ/ブラームス 『ヴァイオリン協奏曲』 - 蟹亭奇譚の続き。
 クラシック音楽において、ヴァイオリンは左の鎖骨と顎でがっちりと固定して演奏する。左手を添えなくても、顎だけで楽器が水平を保つことが出来るよう、基礎の段階で訓練を受ける。「ヴァイオリンの弾き語り」 が存在しないのはそのためである。顎を動かしながら演奏してはならない、というのが基本なのだ。*1
 ところが、ギドン・クレーメル(1947-) というヴァイオリニストは全く違った楽器の構え方をしている。
 以下の映像はブラームス作曲 『ヴァイオリン協奏曲』 より第3楽章。レナード・バーンスタイン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による1982年のライヴ演奏。この音源は CD (後述)と DVD が発売されている。

 クレーメルは口を大きく開いたり閉じたり、よく見ると顎と楽器が離れている場面もある。この構え方でどうやったらこんなに物凄い音が出せるのか、楽器自体には何の仕掛けもなさそうだが、まるで手品のようだ。

 ここで、同曲を演奏するヘンリク・シェリングの映像を見てみよう。楽器をがっちり顎で固定し、左手の動きを自由にしていることがよくわかる。ヴァイオリンの構え方はこれが普通なのである。

 クレーメルの場合、楽器の構え方だけでなく、膝を折り体をくねくねと動かし、歩きまわったり、オーケストラのほうを向いて演奏したりする。ロック・ギタリストみたいなパフォーマンスである。彼はダヴィッド・オイストラフの弟子にあたる人なのだが、こんな演奏スタイルを師匠がよく認めたものだと思う。
 見ための問題はともかく、クレーメルの演奏は繊細で素晴らしく、実に良い音がする。前回の記事でオイストラフの演奏をジミヘンに例えたが、クレーメルはロックでいうとエイドリアン・ブリューに相当するのではないかと思う。
 エイドリアン・ブリューの映像を以下に掲げる。ステージ中央で赤と黒のパンツを履いて飛び跳ねている男だ。


 1982年のコンサートでは、続けてブラームス後期の作品、『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』 が演奏された。チェロのミッシャ・マイスキー(1948-) はクレーメルと同じくラトヴィア(旧ソ連)の首都リガ出身で、同じくユダヤ系で、モスクワ音楽院ではクレーメルの1級下という人物である。
 以下の映像は、『二重協奏曲』 第3楽章。*2

 もともと割と地味な曲なのだが、この演奏はぶっ飛んでいる。クレーメルマイスキーのコンビネーションも素晴らしいのだけど、バーンスタインノリノリである。ジャズのビッグバンドを聴いているようなスイングが感じられる素敵な演奏だ。


 こちらは上のライヴ演奏2曲をカップリングしたアルバム。クレーメルマイスキーは共演作品が多いのだが、この CD は外せない。とにかく楽しめるブラームスなのである。

*1:ヨーロッパの民族音楽やカントリーではヴァイオリンをフィドルと呼び、顎ではなく左手や胸で支えて演奏する。フィドルを弾きながら歌う人もいる。

*2:第3楽章ばかり挙げているようですが、オケの序奏がなくていきなりソロから始まる映像を集めているだけです。