本読み署長

 署長室の机の上にはいつもたくさんの本が積んである。積んであるだけでなく、ちゃんと読んでいる。読んでいる本は文学関係のものばかりで、しかも洋書が多い。

「私は多くの人間を不幸にし、また多くの人間から不幸にされた。いつかは、片方が片方を帳消しにしなくてはならない」
「それは、なんの意味ですか、署長」
ストリンドベリイの幽霊曲にあるせりふだ」と、署長はもの哀しげな調子で云いました、「そのあとにこんな文句もある、……私と君との運命は、君のお父さんに依って、それから他のものに依って、結び付けられている、……海南氏と沼田青年との関係が、ちょうどこの文句に要約されているようじゃないか」
「その戯曲は悲劇に終わるんですか」
 署長は答えませんでした。そして立って、魚市場へいって来ると云い置き、珍しく一人で出てゆきました。


 山本周五郎 『寝ぼけ署長』 より 「海南氏恐喝事件」

 「署長は答えませんでした。」 と書かれているが、答えないことがそのまま答えになっているわけである。山本周五郎の書くこういう鋭利な会話場面を読むと、ぞくっとする。
 文中の 「魚市場」 というのは符丁であって、本当に魚を買いに行くわけではなく、あとで重要な意味をもってくる。
 ところで、ストリンドベリイが引用されているが、『青べか物語』 の主人公もかのスウェーデンの作家の本をずっと読み続けている。作者もよほどお気に入りだったのだろう。