サン=テグジュペリ 『星の王子さま』(池澤夏樹訳)
- 作者: Antoine de Saint Exup´ery,アントワーヌ・ドサン=テグジュペリ,池澤夏樹
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2005/08/26
- メディア: 文庫
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2冊目の 『星の王子さま』 は、2005年に刊行された池澤夏樹訳(集英社文庫)。現在、書店で見かける格子柄のカバーではなく、上の画像の青い背景に王子さまの絵が用いられているもの。同じ絵のしおりがついている。日本の文庫本には珍しく横書き活字になっているのと、挿絵の配置がすぐれていて、横向きの人物の絵がほとんど見開きの内側を向いているのがうれしい。(ただし、文庫版は中の挿絵が全部白黒印刷なので、それだけは残念。)
池澤夏樹の訳は、「子供向けにかんたんな言葉を用いる」 という手法を捨て去り、完全に大人の読み物になっている。(でも、難しい漢字にはルビが振られているので、小学校高学年くらいなら十分読めると思う。)たとえば、こんな感じだ。
……人間は地球のほんの一部を占めているにすぎない。地球に住む20億人は、何か集会を開くときのように集めたとしても、ちょっと窮屈(きゅうくつ)をがまんすれば縦横20マイルの広場にすっぽり納まってしまう。人類全員を太平洋のいちばん小さな島に押し込むこともできる。
ぼくは水を飲んだ。呼吸が楽になった。日の出を迎えて、砂は蜂蜜(はちみつ)の色に染まっていた。蜂蜜の色のおかげでぼくは幸福な気持ちになった。それならばなぜぼくは辛かったのだろう……
言葉がきちっと詰め込まれた文体である。上の引用箇所など、『夜間飛行』 や 『人間の土地』 に出てきてもおかしくないくらいの文章だ。全体に簡潔で読みやすく、今回読んだ3冊の中ではもっとも短時間で読了することができた。
さて、翻訳者による解釈のほうだが、池澤は王子さまがバラと別れて旅に出る場面を以下のように訳している。
脱出の機会を得るために王子さまは野生の鳥の渡りを利用したのだろうとぼくは思う。
「脱出の機会」 である。王子さまはバラに束縛されていたのか? 王子さまが旅に出たのは逃避行だったのか? 他の2冊の訳では、直前の部分に 「花から逃げたりしちゃいけなかったんだ。」(内藤訳) という王子さまのセリフはあるものの、星間飛行そのものはあらかじめ予定されていて、たまたま出発のときが来たから出かけただけのような感じがしないでもない。それゆえ、最初の星にたどり着いたときも唐突な感じがするのである。
ところが、池澤訳は 「脱出」 の一語でもって、王子さまの出発の動機を特定しているのだ。この解釈が正しいのかどうかわからないが、内藤訳であいまいだった部分を明確に訳していることになり、王子さまのその後の行動の目的も理解しやすくなっている。
ふたたび挿絵の話になるが、二度目に黄色いヘビが現れる場面(26章)、岩波版はヘビの絵が文章よりも先に目に入るような配置になっている。だが、文章のほうは王子さまが誰かと会話しているのにその相手が見えず誰だかわからないという状況である。集英社文庫版は、相手の正体がヘビであることが判明し、《ぼく》 がピストルを出そうと駆け寄ったところで、ページをめくるとヘビの大きな絵がバーンと目に飛び込んでくるしかけになっている。マンガでよく用いられる手法だが、こういうのは本を読む楽しさを倍増させると思う。(原書ではどうなっているんだろう?)
(つづく)